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痛みも過去も幻であることを、亡き人に教わった話
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    「私のことを、痛みで覚えていないで」
    ーーふと、亡き人の声が聞こえたような気がした。




    それは少し前のこと。
    自分の体に痛みを感じる時があった。

    その痛みには思い当たる節があったというか、おそらく長年の自分の「体や心の使い方の癖」が変化していく過程で、今までの不自然な部分が痛みを通して消えていくのだろうという気がしたので、特に心配はしていなかった。


    ただ時おり、かなり激しい痛みも訪れたので、そんな時はおのずと、痛みに耐えていた彼女のことが頭に浮かんだ。

    痛み止めも効かない時がある中で、最期まで勇気をもって生き抜いた彼女。
    去年、彼女も痛かっただろうな。よく耐えていたな、と。

     

     

    女とはご縁があったのか、私のことをある意味家族のように思って頂いていた。
    もう一度自力で日常生活を送れるようになるという意味の「よくなる」ことが無いだろうということも、ある時期からは暗黙の了解だった。


    そして、痛み止めが効かなくていたたまれないような時に、呼ばれて手当てをさせて頂くことが多かった。

    手を当てているうちに、見違えるように痛みが引くことも度々あったけれど、次第にそう簡単にはいかない時も増えていった。
    いろいろな局面があり、多くのことを学ばせて頂いた。

    私が最後にお会いしたのは、あとから数えると旅立ちの5日前で、その後は穏やかな日々を過ごされ、最期は眠るように逝かれたという。


    彼女と過ごした日々は私にはとても印象深く、大きな経験をさせて頂いたと思っている。

    だから、今回改めて彼女の痛みに思いを馳せてからは、自分の痛みが完全に収まったあとも、何度となく彼女のことが頭に浮かんでいた。


    ーーそんなある日のこと。
    道を歩いていて、何ということなく「痛かっただろうな、よく耐えたな‥‥‥」という思いが浮かんだ、そのとき。

    ふと、「私のことを、痛みで覚えていないで。それは本当の姿じゃないのだから」という彼女の声が聞こえたような気がした。


    私の頭が捏造した声かもしれない(多分そうだろう)。
    でも、そういえば彼女が言いそうなことだ。
    彼女なら、自分のかっこいいところをたくさん思い出してほしいと願うだろう。


    そして、ふと疑問が浮かぶ。
    「実際のところ、一番辛い時間はどれくらいだったのだっけ?」

    ーー記憶をたどってみた。
    辛い時間が延々と続いていたような感覚でいたけれど、振り返ると、私の心に刻まれていたような痛みの期間は、長く考えても3ヶ月だった。

    そして、その3ヶ月の間にも、痛みの弱い時期や、何日も痛みがこない時期もあった。
    懐かしい人に会って、すべての症状も吹き飛んでしまうくらい嬉しかった日があったことも知っていた。


    ーー知っていたはずなのに、そんなことは記憶の彼方に霞んでいた。

    痛みの時間は、彼女の人生の中のほんの一部分にすぎなかった。


    私は痛みが強い時にお会いすることが多かったとはいえ、自分の印象の歪みかたに驚いた。




    「それは本当の姿じゃないのだから」

    ーーでは、本当の姿はどうなのか?

    記憶の中を探るのをやめて、ただ彼女に気持ちを向けてみると、そこには安らぎと温かさがあるだけだった。

    痛みに耐える彼女というのは、私が記憶の中で繰り返し再生していただけで、少なくとも今はもう存在していない、まさに幻だった。

    そう思った時、私にはもう「痛みに耐えていた彼女」という幻を持ち続ける理由が無かった。

    幻を手放そうと思うだけで、それは溶けていった。
    ーー軽い驚きが残った。


    過去は私が「そういう過去があった」と認めているからそうであるだけで、過去に執着することをやめれば、ほんとうに無くなってしまうのかもしれない。

    これまで色々とクリーニングしてきたけれど、今現在はまだ持っている「自分の人生の物語」ーー私にはこういう経験があって、その影響がこうあって、それがこのように変わってきた、というようなものも、単なる幻なのだろう。

    そろそろその幻も、手放していいのかもしれない。

    考えてみれば、本当のことというのはこの相対世界には無いのだろうけれど、だからこそ、創りたい現実を創ることができるのだろう。


    カレンダーを見ると、ちょうど彼女の7回目の月命日。
    それは、彼女に心のクリーニングを教えてもらった記念日になった。

    私がこれまで創り続けていた記憶の重みの分だけ、彼女も軽くなれた日だったかもしれない。


    ーーふと、「痛みでなければ、何で覚えていたらいいの?」と心の中で問いかけてみた。

    「そりゃ、笑顔でしょ!」と、大きな目を輝かせながら彼女がにっこり微笑んだ、ような気がした。

    (佐野 裕子)

    | 佐野裕子 | 12:06 | - | - |