無意識にまかせることが大事だと、分かったつもりでいたけれど……

整体指導をする者として、
自動操法に馴染むことはとても大切だと言われている。


「整体を学ぶには3歳から始めないと遅い、
でも自動操法ができるならば70歳からでも大丈夫」
ーーというようなことが言われているくらいだ。


※自動操法とは、うつ伏せになった方の背中に手を当てて、ポカンとして自動運動を行うこと。
氣の感応により、相手の方の心身をも調整する動きが出る。

このゴールデンウィークの【心の学校】を終えて、
その意味が、ようやく骨身に沁みて判ってきたような気がする。



整体を学びはじめて16年くらいになるので、その今さら加減に驚きつつ…。


でも、頭で色々考えたり、相手を良くしようと意図するのではなく、
ただポカンとして無意識に任せることによって、相手の方の心身が整ってしまうというのは、
本当にものすごいことだ。



思考や観念は、ある意味、いのちにとって本当に表面的なものであること、

にもかかわらず、今もってそれらに頼って生きている部分がなんと多いのか、

ーーそうしたことが、より自覚できてきたからこそ、改めてその「すごさ」を感じるのかもしれない。



自我としての自分が、相手の方にして差し上げることなど、本当にちっぽけなものでしかなくて。

佳き援助は、概ね、自我を通り越したところから、やむにやまれず出てくるものなのかもしれない。



ただ、無意識に任せようとしたときに裡(うち)から出てくるものが、本当の意味で、相手の方のいのちを生かすものであるのか?
ーーという実際的な問題もあって、

そこを磨いていくのが、自動操法なのだ。


そして、自動操法に馴染むにつれて、
整体指導の全ての場面の背後に、通奏低音のように「自動操法モード」が顕れるようになって、
その段階で、自分の整体指導がひとつ完成するのかもしれない。


(さらに、日常生活の色々な場面でも、パソコンに向かって仕事をしている時でも、どこかで常に自動操法モードを持てるのかもしれない。
そうしたら「生活する」という感覚がまた変わるのだろうなー…… などと妄想しつつ。)



意識と無意識の統合。

日常生活の色々な場面でも大切なことだけれど、整体操法を行う場面では、より顕著にそこを見つめることができる。

生きることはお稽古だし、整体を学ぶこともお稽古だなぁとつくづく思うのです。


そうはいっても、頭や目を偏り疲労させることも大好きな私ですが、
こんなことを考え・感じながら生きていられることは、本当に面白いし、有り難いことだと思っています。


(佐野 裕子)



※6月に、「自動操法&観察」の練習会を行います。
シンプルな実習を重ねて、「自動操法で確かに心身が変わる!」ことを実感して頂きたいと思っています。

この機会に自動操法に馴染みたい方、お気軽にご一緒しましょう。
(2時間、あっという間ですよー!)

★ 6/9(土) 12-14時 佐野裕子/東京道場
整体の学校 中等受講生 : 3000円
同 中等 3回以上受講生 : 2000円

現在、整体法修得一年コース受講中の方も歓迎です!








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