私の当たり前がくずれさる時

ある職場に勤めていていた時のこと、

同僚から、「Nさん、今日昼休憩とりました?」と聞かれました。

 

私「いえ」

同僚「やっぱり。」

 

てっきり褒められるのだと思って(これが大きな勘違い)にやりとした瞬間、

 

同僚「私、それがすごく不満なんですよね」

 

と言われ、

へ・・・??

すぐには理解できずにぽかんとしてしまったのでした。

同僚「私自身は、ちゃんと休憩とりたいんです。

   けど、Nさんが休んでくれないととりずらいし、

   こんな働き方じゃ、

   いつまでこの仕事を続けられるか不安です。」

 

そ、そ、・・・・そうか。

言われてみると、本当にそうだよね。

これからのことはちゃんと考えなきゃね、と、

その場は終わったのですが(そして実際にその後改善されました)

 

この一件で、痛切に感じたのは、私の、

意識さえもすることのないほど、当たり前になってしまっていた

仕事への価値観でした。

 

いい悪いではなく、

その時の私にとっては、

「仕事は優先すべきもの」

「そのために、休憩時間が全く取れなくても仕方がない」というのが

あたりまえだった、

 

と同時に、

 

忙しい時に、休憩を優先している同僚に対して、批判的なまなざしを

持っていたことにも気づきました。

 

「なんであの人は、こんな時に休憩しているんだろう」

「あの人が動かないから、よけいに私が休憩できないじゃないの」

 

言語化すれば、そういうこと。

けれど、無意識だったのですね。

 

私にとってはすっかり同僚が悪者で、働く私は偉い人、でした。

が、それは、私の無意識的な価値観に基づいたもので、

 

同僚の価値観からすれば、まったく違う世界が、全く違うジャッジがそこに

あったわけです。

 

がくぜんとしました。

 

持っている価値観の違いに気づかないままに、

自分が正しい、と思い込んでいたことに対して。

 

自分にとって当たり前になってしまっている価値観こそ、

本当に見えにくい。

だからこそ、こういう出来事が必要なのでしょう。

痛い出来事でしたが、同僚には感謝すべきことでした。

 

あなたを揺るがすことをいうあの人は、

あなたの無意識的に持っている価値観に気づくチャンスかもしれません。

 

 

そして、それに気づいたら、今の私なら、それをクリーニングするでしょう。

クリーニングすると、余分な雲がとれて、光がさしてくるように、

新しい気づきがもたらされることもありますし、

何より、心が(体が)自由になっていきます。

 

(永井 晶)

 

▽いつでもどこでも使える、強力なクリーニング方法を学ぶ

 【心の学校】、まもなく始まります。



カレンダー

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

最新記事

アーカイブ

リンク

サイト内検索

プロフィール

モバイル版

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM