スタッフブログ KUMU便り

このブログでは、講座風景や、スタッフの近況を綴っていきます。
(なお、KUMUとは横浜道場2Fのことで、「空無」とも書きます。 道場の舞台裏の模様も含めて、皆様にご紹介致します!)

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雀の教え

初夏の東京道場で個人指導を受けたあの日、
帰り道で、ある「生と死」のドラマに出会った。
 
指導後のひと休みしたい気持ちにムチを打ち
愉氣あふれる道場を後にした。
 
たどたどしく歩きながら体の内側に意識を向け、
押圧のぬくもりを感じていると、
ふと一羽の雀に目を奪われた。
 
その子は、走行中のトラックにぶつかり、
ポトリと落ちてしまった。
 
厚く日差しを溜め込んだ道路の上で
まだ、その羽が動いている。
 
(意識はあるようだ。)
 
兄弟と思わしき二羽の雀が
近くでしきりに鳴いている。
 
私は、後続の車に轢かれまいかと
安全なところへ運んであげたいと思った。
 
目の前を横切る数台の車が
煩わしかった。
 
法定速度を守る車が
悪と感じるのも
まったく不思議なことだ。
 
しばらくしてようやく道が開き
反対車線へ駆けようとした。
 
その刹那―――
 
雀たちを蹴散らすように
一つの黒い稲妻が舞い降りた。
 
(カラス!?
 
一瞬のことだった。
 
彼は難なくその子を咥え上げ、
向こうの街灯にフワリと跳んだ。
 
嘲笑うかのように、
こちらに鋭い目を向けながら。
 
(まさか、ヤツも狙っていたとは!)
 
力のない二羽の雀も
羽を持たない一人の人間も…
 
飢えた一羽の獣の前には
全くの無力であった。
 
私はしばし、立ち尽くしていた。
 
兄弟たちは果敢にも
(そしてむなしくも)
心の小粒を彼に投げつけていた。
 
ふと、脳裏に「可哀想」という言葉が浮かんできた。
私はその後の光景を
直視することが怖かった。
 
しかし、その一方で
ある疑問が湧いてきた。
 
この感情は
果たして真実なのだろうか?
 
そこには事実があった。
 
雀は命を失い
カラスは命を繋いだ。
 
厳然たる、生と死があった。
 
雀だから、
カラスだからというのは
他愛のない一つの価値観に過ぎない。
 
それは、見方によっては
自然の大きなうねりの中にある
かけがえのない命のデュオだった。
 
果たして、
 
その時の私は、
生きてはいなかった。
 
大切にすべきこの、
自分のいのちを見失っていた。
 
個人指導の感触は
何処かへ消えていた。
 
今、生きている感覚を
生きているのか?
 
私の中で、
何かが一つ

抜け落ちた音がした。

初夏の陽射しは容赦なく
目の前の現実を照らし続けていた。



大高 真
 

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