穴追いと私(2019年)

先日、東京道場での氣道塾の後のこと。

 

 

長谷川先生から

 

「穴追い、今年はずいぶん受けているでしょう。

 もう10回は超えているんじゃないの?」

 

ーーとお声かけ頂きました。

 

 

( ※穴追いについては、こちらをどうぞ:「野口整体で最も劇的な効果のある方法とは?」 )

 

 

 

「そうですね…。

 先生から操法中にして頂いたのが3回、

 他の指導者の方に受けたのが9回、

 氣道塾で行いあって受けたのが3回、

 実家で行いあって受けたのが6回…。」

 

 

……そう数えてみたら、その時点で20回を超えていました。

 

 

(その後も着々と増えつつあって、

 今シーズンは30回弱くらいになるかな、と思っています。)

 

 

 


歯の詰め物が取れて、整体(指導)や心の学校について取りとめなく考えたこと

心身の大きな変動があった後、歯の詰め物が取れたので、

先日、急遽「ヒロ歯科」でお世話になりました。

 

(こういう時、過剰に後ろめたく思わなくて済むのが本当に有難い。

 「必要があって取れたんだな」と思うし、ヒロ先生もそのように認めて下さるのです。)

 

 

相変わらず、私が口を開けている時に色々とお話をしてくださり、

「歯のギモン、すべて解消!」の時の振り返りも含めて面白くて、

「口を開けたまま、話したり笑ったりする」という修行を今回も深めることができました。

 

 

その中で、「(援助者は)“自分が何とかしてあげよう”となることが多いけれど、本来はそうじゃないよね」というようなお話になったので、

 

「本当にそうですよね。東洋医学的な手法でも、多くの場合は “問題” に着目してそれを “改善しよう”とする構造がありますけれどね」などとお話をしていました。

 

 


整体指導をするということ

日曜日、「整体の学校」がつつがなく終了しました。

 

皆さまが整体操法を行っている場の静けさと深まりに感動しつつ…

 

知識や技術を超えたところで本質的なが援助できる「愉氣セラピスト」の方々が、

たしかに今誕生した! ということを感じていました。

 


ただ、戻る

良くなる力があるなんて思えない時でも、変化する力があると信じられない時でも、

誰にでも、「より良くなろうとする力」は、厳然として存在している。


ーーというか、その力の顕れとして、私たちは存在している。


(それを意識できない時でも、どこかで分かっているから、私たちは生きてこられたのかもしれません。)



だから、その力を邪魔しているものを除いて、もともとの本源に、ただ戻ろうとするだけ。

本当にそれだけなのだなぁ… と、改めて思うこの頃です。




※ 「心の学校・初等」を11月9日(土)に開催します。

    心の力を理解し、自分を縛っている観念をほどき、夢と仲良くなる数時間。


    私事ですが、1年ぶりに講座を担当させて頂きます。

    東京道場でお目にかかれましたら嬉しいです。

   https://npo-kido.com/lesson.html#i_kokoro 


(佐野 裕子)


生命へのまなざし

【整体の学校】が、4回目まで終了。

(半分が終わりました。)


今回は特に、私たちがどういう視点で生命を観、相手の方をどんな存在として捉えるのか?ということが浮かび上がってくるような講座だな……と思います。


生まれ、死んでいく生命ーーその「働き」に着目する以上、器質的にどう、数値がどう、という視点とは違う部分も自ずと出てくるわけですが、


それを、自分や身近な人が生活する上での色々な症状などに照らし合わせて、

「あぁ、そんな風にも捉えられるんだ」「そういう風に捉える視点からは大丈夫なんだ」等などと腑に落ちていく、

ーーそんな質疑応答が、今回はとても多いように思うのです。


実は、そういう理解こそが、整体(指導)をする上で、一番大事なことなのだと思います。



知識や技術が大事なのではない。

生命へのまなざしと、愉氣こそが大事。


ーー繰り返し繰り返し、講座の中で聞いてきたこと。

皆さまとともに、私も今までよりも深いところで腑に落ちることができている、貴重な秋です。



整体(指導)を学ぶということは、生きていく上で本当に面白いことですね。


(佐野 裕子)



おもしろい

昨日は東京道場での「氣道塾」。

色々なご質問ての解答、夏バテの予防法等とともに、
とても面白い「氣」のワークのご紹介がありました。

(これで確実に未来がかわる!という体感がありました。
その後はとっておきのところで濃密すぎるメンバーでの打上も。)


舞台裏から

昨日の夕方は、【心の学校】に向けて晶ちゃん(永井)とセッション練習。

亡き人に愉氣をしてもらって思ったこと

私事ですが、先日父の3回目の命日を迎えました。



当時は常に全力疾走しているような怒涛の日々だったためか、
生活が落ち着いてきた今年は、父の禁点の硬結
(これが出来ると4日後に亡くなると言われているもの)を見つけた頃のことが思い返される時期があり、
まだクリーニング出来ていなかったものがあったのだなぁ… などと思ったりしつつ。

同時に、父自身はいつでもただただ喜びとして存在していていることも感じつつ…。


 

 


響きあう

昨日は、道場で2ヶ月半の赤ちゃんの操法をさせて頂き、

今日はご縁あって、94歳の方の出張指導をさせて頂いた。



赤ちゃんは、「安心して存在している」感じで、

お腹の中でお母さんの愉氣をたっぷり受けてきたことを思わせる姿。


94歳の方は、ご家族の愉氣に包まれ、ご自身も氣に敏感で、

今までの人生で、意識していなくとも多くの方に愉氣してこられた方なのではないか…と思った。



考えて動くより、もっと純粋なところで生きている方々との響きあい。

整体(指導)の原点を感じさせて頂いたひとときでした。


(佐野 裕子)




マスターコースを終えて

改めて、整体マスターコースはとても凝縮された時間だったと思い返しています。


講座の時間配分としては技術練習がメインでしたが、

先生が「愉氣(=気持ちを向けること)も技術です」と仰っていたように、全ての練習を通して愉氣が深まっていったのだと思います。



繰り返し練習する中で、技術と愉氣が分離しないように、技術を通して愉氣ができるように…という部分も磨かれたし、

「ここ!」という処を的確に捉えるためには、触れる前にその場処を感じている必要もあるし、


そんな皆さまを拝見しているうちに、

私自身も「愉氣(=感じること)」無しに何も成り立たないのだな、ということがさらに腑に落ち、

「整体(指導)とは何なのか?」ということが、自ずと深まっていったように思いました。



そして日常の指導現場の中で、「整体(指導)は、生命への禮(れい)なのだ」ということが、ようやく体験として分かってきたように思います。



また、一スタッフとしては、この講座がこのような形で成立しているのは奇跡的なことだとも改めて思いました。

(色々な意味ですごい講座なのですよ…。)



次回は11月23日(土祝)〜24日(日)の予定です。

すでに「参加します!」と仰る方も複数いらっしゃいますので、正式に告知されたらどうぞお早目にお申し込み下さいね。


(参加資格は「整体の学校」(中等)をご卒業の方ですが、処の名前を言われて「こう押さえる」というのがある程度できる状態でいらっしゃることをお勧めします。)



(佐野 裕子)



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